陶芸をしていたこともあって焼き物が大好きです。

私の先生は人間国宝の富本憲吉さんの薫陶を受けたかたで、おもに絵付けの作品を作る先生でした。九谷焼のようなきらびやかな磁器ではなくて、土もののろくろでひかれた作品に「さらり」とされる絵付けで、土の塊が一瞬にして生きているかのように命をもつのを見せてくださるかたでした。その一瞬に惹かれて、手捻りの蓋物を一生懸命に作っていました。蓋物は、乾くときに厚さの違いによって蓋と本体との伸縮率が違って来るので難しいものでした。

そんな時代があって、絵や、土や石が好きになって今に至っているのかも知れません。だから今でも焼き物が大好きで、一人の作家さんが好きになるとずっと憧れて見ています。また、この展示は一年に一度のもので、この店の器の扱いや梱包も含めた、お客さまに商品を届けるときの一連の作業のセンスまでが私にとっては幸せのひとときになります。感性に響くものに出会うとそこから学びたいと思うようになります。家のなかの小物は「可愛い」からと言っても簡単には増やさないし、家具も空間を優先して増やさないけれど、焼き物や器は旅先でもいちばんに気になるものです。

余宮隆さんの作品は、10年以上前に唐津を旅した時に連れて行ってもらった中里隆さんの窯元で多少無理して買い求めた小鉢の面影があったから惹かれたのかもしれないのですけれど、余宮さんが中里さんのお弟子さんだったことを知ったのはそのずっとあとの、最近のことでした。

春は制作でからだが冷えながらもジュエリーの制作に没頭しながら桜の開花も気になり、慌ただしく過ごします。その合間に余宮さんの個展に出掛け、この春もあっと言う間に葉桜の頃まで来ました。店は古い印刷所のあるビルのなかにあるのですけれど、駅からの15分の散歩で花筏を観ることも出来ました。

年齢を重ねて、もののもつ深みに惹かれるようになります。それは、今まで手で触れて来たたくさんのものや目にした設えや出会った人の温かさから学んだことなどで得た、いわゆるマイナスの美学、自分なりのフィルターを通したシンプリシティへの憧れのようなものです。

心をざわつかせる桜の頃をすぎて、いろいろなものを整理しながら、またあらたな芽吹きの季節を迎えたいと思います。

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